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285枚の葉書

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駅中のカフェBECK'Sで「濃厚レモネード」を頼んでみた。グラスの水面から底まで4枚もの厚切りのレモンが潜んでいて、横からながめると水族館のよう。レモンは4枚とも取り出して食べてみた。周りの視線など気にしつつ、思い切りビタミンを摂取してみました。
ヒューマントラストシネマ有楽町で「ヒトラーへの285枚の葉書」を観た。フランス戦線で戦死した息子のため、単独行動でナチス批判の葉書を書き続けた夫婦。1940〜43年のベルリンを舞台にした実話である。葉書を書くといってもナチスが支配する当時は命がけの行為であった。
小さめのスクリーンだったがほぼ満席。終戦記念日の直後なので、観客のみなさんは、みな日本における戦争に重ねて観ていたことだろう。身を捨てて息子の思いを晴らす母親を、エマ・トンプソンが見事に演じていた。悲劇的な結末も荘厳な美しさに溢れていた。
メル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」もそうだったが、これまで記録に埋もれていた、75年前の個人の偉業に光をあてる。監督のヴァンサン・ペレーズはまだ53歳。地味だけど心に重く響く物語。こうした映画が作られることも、真に偉業だと思いました。



詩仙堂

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徳川家康の家臣であった石川丈山は、少年の頃から軍功を挙げるため武芸を磨いていた。その甲斐あって家康の側に仕えることができたのだが、肝心の関ヶ原の戦いでは、その血気盛んな性格が災いして判断を誤った。
武功を焦るあまり、軍規をやぶる早駆けをしてしまったのだ。それを家康から叱責された丈山は、山奥の詩仙堂に身を隠した。その後は一生隠居として暮らしたというから、サラリーマンでいえば部長昇進間近に早期依願退職したようなものだ。
90歳まで長寿を全うし詩歌三昧の生活を送っていた。ここ京都郊外に過ごした後半生は静かで幸福な毎日だったことだろう。もしも逆に、そのまま武士の生活を続けていたら、なにかの拍子に早死にしてしまったかもしれない。
早期退職して趣味三昧の生活も悪くない。これからは、定年延長と生涯現役の時代といわれるが、なかなか判断が難しいところだ。


コーヒーを焙煎する

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群馬県桐生市の「HORIZON LABO」はコーヒー豆販売店だ。
なんと15歳の少年が経営しているという。(☆1)

15歳の店長、岩野響さんは月に一度仕入れたコーヒー豆を、長時間かけて丁寧に焙煎(ロースト)する。味や香りの感覚が優れていて、高い集中力を持つ響さんが生み出すコーヒーの味は素晴らしい。いまや遠くからもお客さんが集まる人気店に。

響さんにはアスペルガーという障がいがある。黒板の字をノートに書き写したり、お習字をするといった普通のことができない。小学校ではとても苦労をされて、中学ではついに不登校になってしまったという。

ご両親との旅行の途中でコーヒー焙煎を知り、独自に研究を進めるうちに、この仕事に出会った。「ラボ」という名前がついているのは、「コーヒーのお店」というよりは、「コーヒーの研究所」だから。テレビ朝日の番組で見たのだが、コーヒー豆の焙煎に集中する響さんの姿は本当に輝いていた。

人間は誰でも「自分だけの生き方」に出会える。
コーヒーに向かう響さんの姿は、それを改めて教えてくれた。



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☆1:HORIZON LABO 
https://www.horizon-labo.com/copy-of-about





パラソルの下

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パラソルを見ると心がなごむ。
パラソルは誰も拒まない。地元の人だろうが、観光客だろうが関係ない。水着でも正装でも構わない。堅物でもおふざけでも、誰でもどうぞ。多様性を受け入れる自然界そのままに寛容だ。
それと比べて、近年の企業の採用は大丈夫だろうか。このところ、ある種のタイプばかりが選別されているような気がしてならない。コミュ力があってプレゼンが上手い若者。はきはきしていて社会適応力のありそうな学生。そういうタイプから順に採用が決まっていく。
のんびりした優しい子、ぼんやりと夢を見ているような芸術系。黙って一人で猫と遊ぶのが好きな自然人。そういうタイプはみな就職で苦労している。
集団行動の世界で、社会的適正のあるタイプが選ばれるのは当然だけど、このままでは、世の中は小才な人間ばかりになってしまう。スーツ姿でパワポのプレゼンが上手い人間ばかり。そんな会社を想像すると本当に恐ろしい。
多様性を失った会社は、つまらないだけでなく脆弱なのだ。同じような人間による単一の価値観しか持たない集団は、予期せぬ変化に耐えられない。危機に面した際に多様な選択肢を持ち得ないからだ。
太陽の下で、多様な人間が混じり合うパラソル。
その寛容な姿は、自然界の中で安定して見える。




パラソルの誘惑

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梅雨の季節だけど、蒸し暑い日がつづいている。こういう時にパラソルを見ると、見ただけでも涼しげな気分になる。大木の木陰にはいって涼風を顔に感じた気分を思い出し、うっとりする。パラソルの誘惑。
都心でもお洒落なエリアでは、戸外にオープンなデッキのあるレストランが増えた。日本もちょっとヨーロッパ風というか、南国風になってきたのだろうか。そういう店で、パラソルをみかけると、僕はすぐに入りたくなってしまう。
厚生労働省の発表によると、過労やストレスが原因で労災認定された人が、昨年は過去最多になったという。職場での人間関係が主な原因になっているらしい。

パラソル、それは涼しげな場所。心を解放してくれる小さなリゾート。誰かに守られて癒されてる気分になる。オフィスの中でもパラソルを広げられたらいいのにね。職場のみんなの気持ちもゆったりと落ち着くかもしれません。



すごくシンクロしている

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このところ、すごくシンクロしている。シンクロとは便利なものである。パソコンのデータをシンクロする。スマホの住所録、メールの受信箱やフォトデータも、あっという間にシンクロする。あちらのパソコンやこちらのスマホ、どれもがシンクロする。(☆1)
あちらからこちらへこちらからあちらへ、データをコピーして使っていた時代もあった。あの時代と比べると、どの端末もすぐに使えるとは、実に便利になったものだ。
しかし一方で、シンクロが気になることもある。

電車の中の不機嫌な顔。 スクールバスの無気力な顔。 都心の歩道でイラついている顔。
みんな悪いほうにシンクロしている。不機嫌やイライラが移るスピードは早い。「空気を読む」という表現があったけど、気分の伝搬はまったく「音速」並みだ。日本の都市部などは、このままいくと不機嫌やイライラが充満してしまうのではないか。
昨年学会でおとずれたバリ島で、珍しくコーラを飲んだ。
太陽の下のレストランで、ウェイターのおじさんの笑顔が優しい。流れる雲と青空が、グラスの水滴に映っていた。自然と微笑みが浮かんでくる。
こんな空気ならば、いつでもシンクロしていたいですね。

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(☆1)シンクロナイズ = Synchronize 複数の出来事が同時に起きるようにする 複数の時計などの時間を合わせる

実は時々データのシンクロがごちゃごちゃになり
それでイラつくということもあるのですが...






内側を見る

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人類が星図を作りはじめたのは太古の昔のこと。自分たちが住む地上の地図を完成させるよりも早く、天空の地図を完成させていた。
思えばそれは当たり前のことかもしれない。天空を見上げて観察するほうが、地上を探索するよりもずっと簡単だからだ。星たちの運行については正確な知識を持ちながら、自分たちの足元にある地球についてはあまり知らなかった。

働かないアリ

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アリの世界にも、一定数の「働かない」アリがいるそうだ。
10,000匹のアリが住むコロニーでは、約3,000匹が巣穴から地表に出てきて仕事をしている。食料を集めたり、巣穴を修理したり、他のコロニーのアリを威嚇したりして働く。そして、ほとんどは数週間で死んでしまうという。
その間、巣の奥の方には、7,000匹のアリたちが、幼虫の面倒を見たり、連携作業で食料を運んだりしている。しかし、どう考えても巣穴の中の労働力に、7,000匹は必要ないので、おそらく1,000匹くらいは、ほとんど「働いていない」と考えられている。
それでは彼ら「働かない」アリたちは、何のためにいるのか。いつか、巣穴が崩壊するなどの「一大事」が起こった時に、大活躍するのかもしれない。しかし「一大事」などに遭遇せず、一生の間ぶらぶらするだけで終わるアリも相当数いるという。

長い長い進化の過程で、種族を維持していくためには、こうした「働かない」アリも決して無駄ではない。きっと何万年かに一度くらいの大異変に備えているのであろう。( ☆1 )
人間という種属においても、おそらく同じ理屈が通用するだろう。だとすれば、私もこのダメ人間のままで、OKなのかもしれない。
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☆1:「アリはなぜ、ちゃんと働くのか」 デボラ・ゴードン  p.56


自分で決める

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花には「何の花になるか」を自分で決めることはできない。当たり前のことだが、球根の時から、百合は百合の花を咲かせることに決まっていた。

封建主義の時代では、人も生まれながらに将来が決まっていた。選択の余地もなく、武士の子は武士、商人の子は商人となった。職種や身分は自分が選択するものではなかった。

何を食べているか

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わたしの身体とは、わたしが食べたもの。
食に無頓着だった私も、最近はちょっと意識が上がったのか、フレッシュネス・バーガーに行くようになった。値段はちょっと高め。でも、インテリアも洒落ていて店内は清潔だし、なにしろハンバーガーが出て来るまで10分近くかかるというのは、食べ物がきちんと料理されている証拠。
ファーストフードとはいえ「ここなら安心」と思えるところで食べたい。なにしろいまどきは、食べものでさえ、何がフェイクで何が真実かわからない。