本物の花火大会


8月17日は、横浜の花火大会でした。

それで思い出しました。15年前、1997年の花火大会を。そのとき僕たちは、横浜大桟橋のビル屋上にいた。花火が大きくきれいに見えました。でもそれは、花火鑑賞会ではありませn。あるドラマの撮影だったのです。花火大会をバックにドラマの撮影というと優雅に聞こえますか? でも実際の撮影というものは、そんな悠長ものではなく、どちらかというと怒号の飛び交う修羅場に近かったと思います。

なぜ花火大会での撮影を決行したのか。そのドラマの主人公は、薬師丸ひろ子さん演じる女性気象予報士。(☆1) 花火大会が開催できるかどうかを「予報」するのが彼女の仕事。もし予報を間違えば、主催者に大損害を与える。迫り来る嵐の予感で中で彼女は決断をしなければならない。「花火決行か、中止か」

彼女は悩んだ末に「今夜は晴れる!花火大会は決行」と断言します。ぎりぎりまで開催が危ぶまれる花火大会。主催者のオヤジどもが、みなストレス顔でやきもきイライラしています。「おいっ!いったい、どうなんだ!ほんとに大丈夫なのか?」そして迫り来る、打ち上げ時刻。

「ドドーン、ドーン」

見事な花火が漆黒の夜空を彩る。ドラマチックに大輪の花火が広がる。「ドドーン、ドーン」と。感動のシーンです。彼女の予報があたった。いつの間にか雨雲は消えて、横浜の夜空は、天然色に飾られて広がりわたる。

このドラマの監督は、NHKでも「撮影で決して妥協をしない」ことで有名な笠浦ディレクター。役者さんたちのバックに、実際の花火がきっちりおさまるカットをねらい続けます。カメラがパン(横に回転移動しながら)したカットの最後に花火がはいらなければならない。なかなか難しいんです。これが。

服部カメラマンが、汗だくでカメラをまわし続けて、笠浦監督がなんとか納得するカットが撮れた時には、約一時間にわたる花火の打ち上げは終わっていました。我々クルーも本当にドキドキ。撮影がうまくいかなかったからって「そんじゃ、来年また来ますー」ってなわけにもいかない。実際、笠浦さんはそう思っていたかもしれないけど。

あの時は、無事撮影が終わって本当に良かった。このドラマ、ほかの撮影中にもいろいろ大変なことが重りながら、スタッフ一丸で頑張った。おかげでこのドラマは、放送関係の賞を沢山いただく傑作作品に仕上がったんです。(☆2)

もし、今このドラマのシーンを撮影するとしたらどうするでしょうか? 横浜の花火大会の当日に合わせてロケに行くでしょうか。いやきっと行きませんね。その代わりにこうするでしょう。まず、普通の晴れた夜に、どこかのビルの屋上で役者さんの演技のみを撮影。その後、花火だけを撮影するか、アリモノの花火映像を探す。そして役者さんの背景に、カメラの動きに合わせて(マッチ・ムーブ)花火を合成。

こういう合成作業は、当時はまだまだ難しかった。不可能ではなかったけど、特にパンするカメラの動きにあわせて背景を合成するのは大変だった。とても高額な編集スタジオを借りなければならなかったし。しかしそれが今では、ノートPCでこういう合成が出来るんですから。去る者日々に疎し。(涙)

でも、ちょっと待って。

そうやって手軽に合成出来たとしても、結果はどうなのかな? どんなに、タイミングや写りが良くても、実際の現場で撮影した映像に比べてどうなのか。現場で撮った絵には、やはり魂のような何かが宿っている。簡単な合成で完成させた映像には、どうしても得られない「何か」が映っているのだ。観客もほんのちょっとした「空気感」のようなもので、それに気づくのです。合成で、すべてをだますことは出来ないと思います。

しかし今は「後で合成」という手段しかできないだろうな。なぜならば、近年のドラマ制作は予算の上限もきつい。天候問題などのリスクもおかせない。スタッフ全体にとっても、楽で確実な方法を選ばざるを得ない。そもそも花火大会当日に出かけるのも難しい。それに監督にとっても、カットがいろいろと調整できて便利かもしれない。

でも、きっとそれは間違っている。

なのに、もう戻れない。
デジタル技術がもたらした、楽で便利なツールのおかげで。

僕たちは分かっている。
現場で撮影する以上の方法はないはずだと。
なのに、もう戻れないんだろうな。

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☆1:いまでこそ、女性の気象予報士というのは当たり前になりました。しかし当時は本当に少なかったです。 TBSで活躍のお天気キャスター森田正光さんが、新設の気象予報士試験に不合格になったりした時代です。(森田さんはのちほど見事に合格)

☆2:NHKドラマ「熱の島で -ヒートアイランド東京- 」1997年度放送文化基金賞受賞本賞、女優演技賞(薬師丸ひろ子)受賞、第35回ギャラクシー選奨受賞など。


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