ADからスタート

テレビ局のディレクターを目指す若者は、「AD」というポジションからスタートする。(☆1)アシスタント・ディレクター。とりあえず「ディレクター」という名前はついているけれども、特にディレクターらしい仕事をする訳ではない。

まずは、プロダクションの最底辺の雑用からのスタート。台本のコピーとり。資料整理。スケジュール表づくり。小道具の買い物。弁当の注文。お茶いれ。とにかく何でも。テレビ番組の撮影の準備という作業は、おそろしく雑多な仕事の集積である。ADの仕事に終わりはないのだ。やりかたがまずい、といっては、先輩にやり直しもさせられるしね。涙。

ADには序列ナンバーがつく。一番目の「ファースト・AD」から「セカンド」「サード」というふうに、階級制となっているのだ。4番目以降は、特に「フォース」とか呼ばれる事もなく、まあ「エーディーさん」と、十把一絡げに呼ばれる。NHKでは「フォース」以下のADさんたちを、「ホース」と読んだりしていた。「馬なみに働く」という、ちょっと意地悪なネーミングなんだけど、まったくもってこの「馬なみ」というのが本当すぎて笑えない。(☆2)

ファーストADというのは「助監督」のことであり、いずれは「監督」になるための重要なステップになる。日本映画界の巨匠たちも、みな誰か先輩監督の助監督を経験しているのだ。今村昌平監督だって、川島雄三監督の助監督をやった。だから、今年テレビ業界にとびこんだ若者たちは、みな「いつかは監督、ディレクターになってやる」という夢を抱いて、キャリアをスタートする。頑張ってくれよ。その未来を信じて頑張ってくれよ。とにかくやめないで続けてください。

残念ながら、テレビ局の現場での若者の離職率は高い。そりゃそうだ。つらいんだもの。叱られる。怒鳴られる。眠れない。帰れない。休めない。誉められない。メシ食えない。ないないない、の、ないないづくし。それを耐えるのが「ザ・AD」なのだ。いつの間にか、どうしたわけか、テレビ局の現場は、理不尽なほどの精神主義というか、ちょっと軍隊にちかい精神性に満ちている。気持ちで頑張れ。根性で頑張れ。

こういう価値観での職場で、今の若者達が、長い期間働けるとは思わない。それがどんなに価値ある仕事であり、注目される仕事であったとしてもね。ただただ耐えろって、そういうのは、もう通用しなくなっているんじゃないかな。今のテレビ制作の現場はつねに新人のような若者で溢れている。ベテランADというのは、よほどの猛者なのだし特別だ。回転してるからね。つねに若返る。

ところで、ADのナンバーリングだが、海外ではこれが階級として厳格だ。とにかく、ファーストADなのかセカンドADなのかでは大きな違い。給料が違うし、権限や責任範囲が非常にはっきりと決まっているのだ。それに「ファーストAD」というのは、れっきとした独立した仕事だし、一生続ける価値のある職能だ。監督が作品に集中するトップであるのに対して、ADというのは、撮影現場に君臨するトップだ。現場に必要なファンクションとしての「ファースト・AD」なのだ。

日本の社会では、本人の実力とは関係のない「階級制度」があって、それはどんな組織どんな会社でも隠然と機能している。出世できないポジションの人には、もともと出世の可能性がない。そんな仕組みの組織も多い。多くは学歴社会の構造そのままだ。テレビ局にも目に見えない階級制度が現存する。

組織のしがらみや、形式的な出世競争で、給料や階級がきまっていく。それでは、下働きからはじめるADさんは浮かばれない。仕事の中で、どんなファンクションをこなすかによって評価される制度が必要だ。若者たちが、仕事によって正当評価され、育てられて行く仕組みが必要だ。優秀でやる気のある若者を、思い切って登用する。新しい世代の感性を尊重する。そうでなければ、テレビ業界にとびこもうという若者は、どんどん減って行くことになりますよ。

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☆1:NHKでは、なぜか「AD」は「FD」と呼ばれる。番組演出の責任者であるディレクターが、二階のサブ(副調整室)にいるのに対して、フロア(スタジオ)で働いているから。NHKで使われている職場用語には特殊なものも多くて、NHKの方言になっている。ディレクターのことを「PDさん」(プログラム・ディレクター)なんて呼ぶのも、ほかでは聞いた事ない。番組の解説で使う「フリップ」のことを「パターン」と読んだり、「プラン(図面)」のことを「エレベーション」なんて言うのも、むかし誰かが言い間違ったんだと思う。「プロセニアム」(舞台両脇の柱)のことを「プロセミ」と呼ぶ人も多かったなー。美術セットデザインのことを「シーニック」って呼ぶのは、まあ、当たってたし格好良かったかも。今はあまり聞かないけど。

☆2:オーストラリアのプロダクションでのことですが、一番下っ端のADさんは、「ランナー」と呼ばれていました。本当です。わかっていながら「なんでランナーって言うの?」って聞いてみたけど、「走り回るから」という当たり前の答えだった。海外でも、ADさんは、馬並みに走るのね?日本もオーストラリアも同じなんだなと、感心したもんです。

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