職務に忠実

テレビ番組のスタッフ初顔合わせ。私はそこで「音声さん」を言い当てる自信がある。「音声さん」だけはスタッフ表を見なくても分かる。カメラマンと照明さんを見分けるのはむずかしいけどね。さて、どうやって当てると思いますか?

ドラマのロケで「音声さん」はじっと座り続けます。ひたすら座っている。(☆1)はじめは「いいなあ」とうらやましかった。だって、長い長いロケの撮影中、僕たち美術スタッフは、ずっと立っているのだ。座っている美術スタッフとは、すなわち「いなくてもいい」人。いやでも立って働かなければ。

ロケ現場でいつもじーっと座っている人。それが「音声さん」である。(☆2)しかしこれを材料にして、当てることは出来ない。まさか、「あなた痔ありますか?」と聞く訳にもいかん。

「音声さん」は撮影を中断する人である。僕たち美術スタッフは、いつも撮影は早く終ってほしいと思っている。早く帰りたい。いや、それだけではない。撮影時間が押すと、苦労して用意したロケセットが無駄になることもある。この撮影サクサク進んでほしい。それなのに、あともう少しでOKという時に限って「音声さん」の声がひびくのである。「すいませーん。ヒコーキー。」

「なんでヒコーキがだめなの?」最初のころは、僕は本気で頭にきたもんだ。いいじゃんか、ヒコーキの音なんか。ほっとけば。ブロロロロロー、っている音がはいったら、映像にヒコーキの影を合成すればいいじゃん。なんて。まさか、そうはいかないけれどね。野外でのロケは天気との戦い。だから雨や風、いろいろなことで撮影が出来なくなるのは当然。だがしかし飛行機の音や、遠くのサイレン、バイクの通過なんかが、そんなに大きな問題なの?

今ならが、僕にもわかります。テレビ番組にとって「音声」は非常に大事なもの。特にドラマやエンターテインメントの番組で「音が録れていない」ということは、すなわち事故。映像のほうが情報量が多い分だけ大事と思われがちだけど、実は逆なんです。1984年の「ドリフの全員集合」の事故も、照明の停電だったから生放送を続けることができたのだと思う。(☆3)テレビドラマも実は、ラジオドラマに映像がついたようなもの。それくらい「音声」は重要なのだ。

だから「音声さん」の仕事は大変。もしも大事な「音」が録れていなかったら「えらいこと」なのだ。特にそれが主役の俳優さんのセリフだったら。「音声さん」はただ座っているのではないのだ。神経を研ぎすましてヘッドホンの「音」に集中している。そして、機材のトラブルの無いように真剣に働いているのだ。実は大変な仕事。真面目で、忍耐強くなければ出来ない仕事。それに、撮影の中断だって、それは当の「音声さん」自身が一番つらいはずだ。

だから、こういうことです。はじめての「スタッフ顔合わせ」に出たら、一番まじめそうで「職務に忠実」そうな人を探してください。控えめだけど忍耐強そうな人。それが「音声さん」なんですよ。いちばんまじめな人。ちょっと数学の先生とか、学者タイプに通じるものがあるかも。当たりますよこれ。(☆4)

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☆1:ロケ現場でモニターの前で堂々とすわっている人は、このほかに、監督さん、記録さん、TD(テクニカル・ディレクター)さん、VE(ビデオ・エンジニア)さんってところですかね。監督さんは、立ったり座ったり忙しいよ。

☆2:音声さんの仕事は、本当は座っているだけでなくいろいろあります。ブームマイクを操作したり、無線マイクをしこんだり。ロケではすわるどころか、重たいブームマイクを支えて仁王立ちも。音響効果さんになると、あちこちの自然音を拾って来たり、作ったり。この記事のCGイラストでは、音声さんが、録音技師とブームの両方をがんばっています。

☆3:1986年6月の入間市民会館で公開生放送直前に停電し、10分間ロウソクの光や懐中電灯で番組続行。ネットでは、会場にはいれなかったお客さんが電源を抜いたって書いてありますけど、ほんとかな〜。この事故が音声系統のトラブルだったら、放送を続けることは出来なかったのではないだろうか。

☆4:日本だけにかぎりません。この線でいけば、海外のスタッフの中でも、音声さんを当てることができますよ。それからね、ほかにも、全世界共通で当てられる人がいます。メイクさんです。

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