土壌の塩化という問題を考えてみた

酵母菌が働いてできたワイン

いやー、半沢直樹いったいどうなるのだろうか。大和田常務を追い詰める最終回。悪役の香川照之さんがすばらしいので、これはもう視聴率40パーセント超えも夢ではないね。悪役が憎たらしければ憎たらしいほど、主人公への思いはつのる。倍返しへの期待は募る〜(=゚ω゚)ノ。

こうして水彩画を描く。ワインレッドの絵の具を、水で溶いてスケッチブックに落としていく。水という素晴らしい媒体によって、絵の具にふくまれる顔料成分がスケッチブックの土壌へと流れ込まれていく。水が導いた顔料はそこにとどまって発色するけど、水そのものは蒸発してしまう。

このプロセスは、農作物を作り出すべく進めてきた、土壌灌漑のプロセスとそっくりだ。たくさんの水をひいて、土壌に満たしていく。そしてそこには豊かな収穫物が色とりどりに実る。

ところがである。こうした灌漑のプロセスが長期間続くと、その土地自身をダメにしてしま地球上の土壌をおかしなことにしてしまっているというのだ。河川からひいた水を、耕作地にひいて農耕を行う。それ自体は至極まっとうな行為である。しかし、それが何十年もの間続くと、それはその土壌に対してとんでもないダメージを与えるのらしい。

私自身、なぜに古代文明のさかえた地域が、いま不毛の地になっているのか、不明であった。チグリス・ユーフラテス、エジプト。なんでまた、あのへんの地域は砂漠となって、耕作不能の地域になっているのか。実はそれには、単純な理由があったのだ。

人間が農作物を作るために灌漑設備をつくる。大量の水を土壌に運ぶ。するとどうなるか。上流にある土壌から塩分を含んださまざまな鉱物が、土壌に流れ込んでくる。その物質が、そのまま下流に流されていくのなら問題ないのだが、通常の場合、灌漑によって満たされる土壌には、塩分を含む物質は、土壌に蓄積されていく。

その結果。もともと肥沃であったはずの大地は「塩化」というプロセスにはいり、その土壌は二度と作物の作れない大地になってしまうというのだ。このようにして地球上のかなりの面積が、二度と耕作には使えない土地に変化している。特に第三国における灌漑事業では、このプロセスが急速に進んでいるというのだ。

だから言ったじゃないの。と言われる前に。日本の農耕文化というものは、本来は。永久にそのパワーを維持できるようなサイクルを包含していたはず。どこかで、デッドエンドにならないような農地作りが大事なのだろう。そんなことが、私にも分かったのである。