チャナン・サティー


インドネシアはイスラム教の国だけど、バリ島は特別だった。ヒンドゥー教の彫像や石塔が街のあちらこちらにあり、お香が焚かれていた。道端の同祖神の前だけでなく、商店街の道端や、レストランの入り口には「チャナン・サリー」という神々へのお供え物の食べ物や、花とお香が置かれていた。

葉っぱで編んだお皿にお米やビーフン。
昔ながらの信仰が、日常とともにある。

そういえば、日本でも昔はこんなふうに、日々の生活のどこかで、お年寄りたちが、仏様に手を合わせ、日々の暮らしの安全とちいさな幸福を祈る姿が見られたと思う。科学万能の教育と、経済優先の生活が、日々の生活から神様の存在を消し去ってしまったのだろうか。

どれだけ科学が進んでも、いまだ肝心のことはわからない。宇宙の果てがどうなっているのか、人間の意識とは何なのか、人類はどのように進化をしてきたのか。実はいまだ謎だらけ。未知の世界の領域には、神々の領域が未だにあるはずだ。

それからなによりも、バリ島の人々の笑顔が素晴らしかった。空港まで送ってくれて握手をした、タクシー運転手のマディさん。彼の車のダッシュボードにも、チャナン・サリーが置かれていた。

お供え物を準備する女性

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